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上方落語家 桂吉坊「伊藤若冲」を語る!

[第4回]
伊藤若冲と動物~あるいはモノノケと庶民の関係

年賀状作成ソフト『筆まめVer.27』の目玉は、今年、生誕300年で一大ブームとなった “奇跡の絵師” 伊藤若冲の絵画が使えること。 2017年の干支は「酉(とり)」だが、若冲が生涯を通じて描き続けた画題こそが「鶏(にわとり)」なのだ。そこで本連載では、芸能に造詣が深く「若冲ファン」という上方落語家 桂吉坊さんに、『筆まめ』で使用できる若冲作品について、その背景とともに語っていただく。最終回となる第4回は、『鶏図押絵貼屏風』を取り上げる。

PROFILE

桂吉坊(かつら きちぼう)上方落語家

桂吉坊(かつら きちぼう)
上方落語家

1981年、兵庫県生まれ。1999年、桂吉朝門下に弟子入りし、三代目 桂米朝の内弟子として修行。2011年、大阪市「咲くやこの花賞」大衆芸能部門受賞。歌舞伎、能楽、文楽などに造詣が深い。著書に芸界の大御所との対談集『桂吉坊がきく藝』(ちくま文庫)。

八百万神と暮らした江戸の人々。現代とは違った死生観があった

伊藤若冲の生きていた時代は、暗闇が圧倒的に多かったはずです。だからモノノケというか、この世のものではない何か……という存在が庶民にとってとても身近な存在であったことは確かです。今のようにメディアが発達していなかった時代ですから、当時の人は相当に想像力があったのだと思います。そこからさまざまな想像や物語が生まれたのでしょう。お化けの登場する落語「皿屋敷」(※1)に出てくるお菊さんなんて、実際は恨みを持って不本意な絶命をした女性の話が元ですが、落語では実にコミカルでしっかり者という設定で描かれています。死んではいるのに生きているような活力がみなぎってるんですね。「へっつい幽霊」(※2)に出てくる男の幽霊も、ものすごく明るいキャラクターとして面白可笑しく描かれています。

当時の人々にとって、死というものがとても身近に存在していたのだと思います。今の我々の死生観とは大きく違っていたでしょうね。だからこそ、生きていることの楽しさを伝えようとした落語が多いように思います。伊藤若冲の描いた鶏をはじめとした身近な動物たちも、命あるものの躍動感、そして生きていることの楽しさ、素晴らしさの表現であったのではないか、そういう意味で多くの市井の人々が登場する落語との共通性を感じることもできます。落語の場合、圧倒的に登場の多い動物は狐と狸ですが、狐などは神の召使として登場したり、狸も化かされるという、いわゆる超常現象の使い手として、人間と共に生きているように描かれているものが多い。それだけ動物も人間と同じ目線で生きている。現代よりも共生するという考えが強かったんだと思います。

『鶏図押絵貼屏風』に見る晩年の伊藤若冲の気骨

前回同様、6曲1双の左隻・右隻からなる屏風絵。12面それぞれに、さまざまな鶏のしぐさが生き生きと描かれている。背景はなく、自由な筆さばきで描き分けられた羽の様子をより楽しませる伊藤若冲晩年の作。

鶏図押絵貼屏風(左隻・右隻) 細見美術館蔵
(C)Artefactory/Hosomi Museum/OADIS

伊藤若冲晩年の作ということで、相当に力が抜けて、いい滋味が滲み出るような画風に変わってきているような印象を受けます。巨匠ゆえの呪縛から解き放たれたような開放感すら感じる。もはや技術の修練という時期は終えて、いかに自然に描けるかといった自由な姿勢に、逆に迫力を感じてしまいます。どこかパロディを楽しむような域にまで達している。

この頃は描くこと自体が楽しくて仕方なかったんじゃないかと想像します。背景を極力抑えて、鶏の躍動感だけを効果的に描ききっている。間引きされる美学というのは落語の世界にも通じる真理だと思います。

ここまで四回にわたって、じっくり若冲の作品を観せていただいて思うのは、すべての作品に共通している飽くなき探究心の凄みですね。“極めたい” というひたむきさがどの作品からも伝わってきましたし、作品に昇華させた忍耐力は、さすが後世に残る大絵師だったのだと改めて思いました。
(桂吉坊談)

※1 皿屋敷 主の屋敷の家宝である皿を割り、成敗されて井戸に投げ込まれた腰元が、幽霊となって出る伝説を元に作られた落語。「お菊の皿」とも言われ、人気の演目。

※2 へっつい幽霊 遊び人が、古道具屋で買ったへっつい(かまど)から大金が出る。それを気にかけた幽霊が出てきて金を返してほしいと頼むが…。珍しく、男の幽霊が出てくる落語。

文/クエストルーム

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バックナンバー

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